俺が音楽やってると知ると、更に鬱陶しくなる。
下手すると喧嘩を向こうから吹っかけられてくる。
本人達は何にも分ってないので、喧嘩をすることや人を傷つけることが自己主張でありパフォーマンスであると信じきっているので、尚更たちが悪い。
自分のトラウマを癒すために表現活動をしている・・・その動機は買うにしろ、それを極限まで突き詰めて技術力を研磨して人前にでるのなら構わないが、そうでなくただ単純に”出たがり”なだけの場合の人間が多い。
要するに”努力しない困ったちゃん”なのだ。
そういう人間達としか、今まで出会った事が無かったが、それは俺にも非があったのだ。今は音楽家とは演奏が全てだと悟ることが出来たし、練習は欠かすことは無いし、自分のそれが生命線だと信じている。
そうでなく、俺もただそこに存在していれば良いと思っていた時期があったのだ。それが2004〜2005年までの二年間だ。
その時期に出会った人間達とはことごとく絶縁していったのだが、本来の映画音楽作曲時代のような「愚直に録音と練習を続ける」スタンスがやはり最も大事なのだと、それからは回帰していったわけである。
時々気にはなる。あの二年間くらいでであった”メンヘラ出たがり人間達”が更正したのかどうかは。
ま、大半は人前から姿を消す・結婚して普通の子になる・金の亡者となったいじわる人間に成り下がるといった碌でもない未来のようであるが、それも彼らが望んでそうなったことだ。
あの暴言絶叫女と、一度ゆっくり話をしてみたかった。
そして、願わくば努めて美しい女になってほしいとも思う。
全ては彼女次第なのだがね。
俺は静かに、電網空間の隙間から、君をときどき探している。
もう名前は捨てたら良い。新しい道を進むのには相応しくないだろう。
まぁそんなことを想っている。
二度と会うことは無いかもしれないけどね。

